月と水が好きになってから
髪に金魚が棲んでいる。
lebt ein Goldfisch in meinem Haar,
あきれた話で、気がつくと、
ほかのだれひとり
こんなことはおこっていない。
daß das bei keinem anderen Menschen
der Fall ist.
あれからたくさんの川を泳ぎ抜けたが、
水は金魚の気に入らなかった。
aber das Wasser sagte ihm nicht zu,
月の男に贈ろうとしたが、
金魚は、星のひかりをあびて
雲と鳥のあいだを泳ぐのはいやだ、という。
doch er weigerte sich, im Licht der Sterne
zwischen den Wolken und Vögeln zu
schwimmen,
紅海へ連れていった
だが、金魚は、この髪の薄くらがりで
年をとりたい、と言い張る。
aber er besteht darauf,
in der Dämmerung meines Haars zu altern.
こいつをぼくはずっと載せてゆくのだろう、
こいつの鱗がぼろぼろ剥がれ、
灰色の水たまりに死んで落ちるまで。
bis seine Schuppen bröckeln,
Bis er schwarz wird
und tot in eine graue Pfütze fällt.
月と水が好きになってから
あきれた話で、気がつくと、
あれからたくさんの川を泳ぎ抜けたが、
月の男に贈ろうとしたが、
紅海へ連れていった
こいつをぼくはずっと載せてゆくのだろう、
魂は泳ぐのが大好きだ。
人はしばしば、魂が飛ぶ話をする。
が、そうではないのだ。魂がするのは泳ぎだ。
多くの人たちは泳ぎの大好きな魂を持っている。
魂が泳ぐために、うつ伏せの肉体から抜け出てしまうと、
私にはわからないことだが、ある解放が生まれる。
それは放棄であり、享楽であり、極めて内的な弛緩である。
魂は人間の臆病とか大胆に応じて、階段とか通りに泳ぎに行く。
というのは、つねに魂は、自分と人間をつなぐ 1 本の糸を保っているからだ。
もしこの糸が切れたりすれば、( ときに、それは極めて細い。
しかし、そいつを切るには恐ろしい力を必要としよう ) 、
双方にとって ( 魂にも人間にも ) 恐ろしいことになるだろう。
Henri Michaux
L’âme adore nager.
ドイツの詩人 メッケルの詩と
フランスの詩人 ミショーの詩には
不思議な類似性があると思いませんか?
彼らの頭の中に住んでいる魚(イマジネーション?)は
水中や宇宙へと浮遊しながらも
どこまでも細い糸で繋がっているのでしょう。
なんのことやら!?
人はしばしば、魂が飛ぶ話をする。
が、そうではないのだ。魂がするのは泳ぎだ。
多くの人たちは泳ぎの大好きな魂を持っている。
魂が泳ぐために、うつ伏せの肉体から抜け出てしまうと、
私にはわからないことだが、ある解放が生まれる。
それは放棄であり、享楽であり、極めて内的な弛緩である。
魂は人間の臆病とか大胆に応じて、階段とか通りに泳ぎに行く。
というのは、つねに魂は、自分と人間をつなぐ 1 本の糸を保っているからだ。
もしこの糸が切れたりすれば、( ときに、それは極めて細い。
しかし、そいつを切るには恐ろしい力を必要としよう ) 、
双方にとって ( 魂にも人間にも ) 恐ろしいことになるだろう。
Henri Michaux
L’âme adore nager.
ドイツの詩人 メッケルの詩と
なんのことやら!?
ドイツの詩人 メッケルの詩と
フランスの詩人 ミショーの詩には
不思議な類似性があると思いませんか?
彼らの頭の中に住んでいる魚(イマジネーション?)は
水中や宇宙へと浮遊しながらも
どこまでも細い糸で繋がっているのでしょう。
なんのことやら!?